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片平凌悟(明智光秀の子孫博士ちゃん)の出身中学校や家族エピソードは?

2020年5月23日放送の「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」で15歳の明智光秀の子孫博士ちゃん「片平凌悟」くんが出演します。

明智光秀の子孫なんて、どんな人か気になりますよね~!

今回は「片平凌悟(明智光秀の子孫博士ちゃん)の出身中学校や家族エピソードは?」と題して片平凌悟くんについて探っていきます

片平凌悟は明智光秀の子孫博士ちゃん!

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片平凌悟のプロフィール

  • 片平凌悟(かたひらりょうご)
  • 2005年生まれ(15歳)
  • 出身地
  • ボストンの高校在学中
  • 母:珠生(作家)
  • 祖父:故細川隆一郎(政治評論家)
  • 光秀の娘・細川ガラシャの末裔

中学生の片平凌悟くんは、笑顔が少し菅田将暉くんに似ているような・・

片平という苗字は、父親の苗字ですね。(母親が細川隆一郎の娘の珠生さんです)

現在、ボストンの高校在学中だそうです!

光秀の娘・細川ガラシャの末裔である凌悟くんは、さまざまな歴史書や文献を読み漁り先祖を研究しているそうです。

一般的に光秀は主君・織田信長を討った “裏切り者”というイメージが強いが、実は“戦国時代のジェントルマンだった”という事実など今まであまり知られていない姿など、いい人エピソードを紹介してくれそうです。

片平凌悟は明智光秀の子孫博士ちゃん!出身は?

細川ガラシャは、京都にいたと言われていることから、京都出身かもしれません。

まだ片平君の情報は一般人のためあまりない状態です・・

情報が入り次第、追加いたしますね。

片平凌悟は明智光秀の子孫博士ちゃん!家族は?

まだ片平君の情報は一般人のためあまりない状態です・・

情報が入り次第、追加いたしますね。

片平凌悟は細川ガラシャの末裔!

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引用:https://xn--riq353b.com/tankentai/garashiakodoo.html

本名は玉子(たまこ)または、たま。 明智光秀の娘。戦国時代における美女としても有名。 父・光秀の主君である織田信長のすすめで、細川藤孝の嫡男・細川忠興に嫁いだ。本能寺の変後は「逆臣の娘」となってしまうが、夫・忠興との絆は深かったため、離縁することなく隔離・幽閉により約2年間過ごす。1587年ごろに、夫・忠興に内緒でカトリックに入信。このとき受けた洗礼名がガラシャである。 関ヶ原の戦いの直前、西軍・石田三成に人質に取られそうになったため、家老・小笠原秀清に槍で胸を突かせ、最後を遂げた。これはキリスト教で自殺が大罪とされていたためである。

細川ガラシャの息子は3人!①長男・忠隆

細川忠利

末裔・孝明天皇

孝明天皇

忠隆の娘・徳の末裔です

幕末に皇位にあった第121代天皇・孝明天皇。

末裔・細川護煕(ほそかわもりひろ)さん

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第79代内閣総理大臣であり、肥後熊本細川家の第18代当主。

初代藩主は、ガラシャの夫の細川忠興の三男・忠利です。

肥後細川家は直系男子が途絶え、養子を迎えたこともありましたが、

護煕さんのおばあさんが忠利の兄・忠隆の末裔であるため、明智光秀の血が流れていることになるのです。

末裔・細川隆元(ほそかわりゅうげん)さん、細川隆一郎(ほそかわりゅういちろう)さん

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政治評論家としてご活躍のお二人は、光秀の娘ガラシャと細川忠興の長男・細川忠隆の子孫です。

末裔・細川隆一郎(ほそかわりゅういちろう)の娘・珠生

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18歳の時に先祖と同じ「ガラシャ」の洗礼名でカトリックに入信した。

父で政治評論家の故細川隆一郎氏からは「光秀は正義の人」と教わってきたそうです。

この方が、片山凌悟くんのお母様です!

細川ガラシャの息子は3人!②次男・興秋

安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。細川忠興の次男

一時期、叔父細川興元(後の常陸谷田部藩主)の養子となった。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、父や兄忠隆と共に参陣して戦功を挙げた

父忠興がその戦功を賞されて豊前国・豊後国39万9000石に加増移封されたのち、慶長6年(1601年)12月に出奔した興元の後継として小倉城代を任されている。

細川ガラシャの息子は3人!②三男・忠利

肥後熊本藩初代藩主である細川忠利(1586~1641)は、細川忠興と細川ガラシャの3男として生まれました。
関ヶ原の戦いの後に兄の忠隆(1580~1646)が廃嫡となったため、細川家の後継ぎになりました。

また、剣豪宮本武蔵(1584?~1645)を熊本に迎えたのも忠利でした。

他の末裔・クリス・ペプラ-さん

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J-WAVEをはじめラジオDJや声優でご活躍の彼の母方が、美濃守護大名・土岐頼芸の次男・土岐頼勝の末裔だとされています。

この賴勝が光秀と血縁だった可能性があり、そうであればドイツ系アメリカ人の血が流れるクリス氏も、光秀の末裔であるといえます。

 

この人たちすべてが、片平凌悟くんの親戚にもなるわけです。すごいですね。

そしてまた明智光秀のエピソードが楽しみですね!

明智光秀のエピソード

明智光秀は、超愛妻家だったとか!

また、片平凌悟さんが考える本能寺の変の真相も!

「てへぺろ説」というらしいのですが、この説は東大の先生を注目するほど有力な説だそうです。

どういう説かというと・・

様々な恨み・辛みが重なり、ノリで討ってしまったという説なんだそうです。

例えば織田信長にされていたことをまとめると・・

  • 休日に家康の接待をさせられる「宴会ハラスメント」(森蘭丸からボコボコにされる)
  • 髪が薄くツルツルしているところから、「キンカン」とあだ名をつけられ「ネーミングハラスメント」をされる
  • 同盟を突然破棄して、敵国を攻めてしまう「信長ちゃぶ台ひっくり返し事件」

このような不満がある中で、本能寺で織田信長が少数でいたため、今しかないと思い、本能寺の変を起こしたという説があります。

本能寺の変の後に援軍を求める書状を出していることから、明智光秀の戦略を練りに練る性格とは行動が異なり、ノリで討ってしまった「てへぺろ説」は理論に基づいていると言えるらしいのです。