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坂本冬美のブッダのように私は死んだの歌詞の意味が怖くて深すぎる!紅白で歌う?

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坂本冬美さんの新曲「ブッダのように私は死んだ」がサザンオールスターズの桑田佳祐さんが作詞作曲、ミュージックビデオが公開から1か月半で再生回数100万回を突破し、話題になっています。

MVは、坂本冬美の相手役に俳優の戸次重幸さんが出演し、「歌謡サスペンス劇場」のような出来栄えになっています。

この「ブッダのように私が死んだ」の歌詞の中の主役は、坂本冬美さんであり、死者が主人公ということでかなり意味深な怖い歌詞だと話題になっています。

今回は「坂本冬美のブッダのように私は死んだの歌詞の意味が怖くて深すぎる!紅白で歌える?」と題して歌詞の意味を探っていこうと思います。

坂本冬美「ブッダのように私は死んだ」のMVが怖い

「ブッダのように私は死んだ」は、サザンオールスターズの桑田佳祐さんが坂本冬美さんのために書き下ろした楽曲です。

めちゃめちゃ怖いですよね・・

「ブッダのように私は死んだ」の楽曲は、2018年の「NHK紅白歌合戦」でサザンオールスターズの桑田佳祐さんと共演したことをきっかけに坂本冬美さんが桑田佳祐さんに楽曲を依頼したことから完成した曲なのです。

2019年の春に坂本冬美さんは桑田佳祐さんに楽曲を依頼する手紙を送ったそうです。

桑田佳祐さんは、そのころ、サスペンス、ミステリー映画にはまっていたそうで、アメリカのサスペンスドラマ「ベイツ・モーテル」に特に影響を受け、「ブッダのように私は死んだ」が完成したのだとか。

坂本冬美さんは、この楽曲を受け取った時に戸惑ったそうですが、桑田佳祐さんに「歌謡サスペンス劇場の主人公を演じてください」とアドバイスを受けたそうです。

MVは、俳優の戸次重幸さんが森の中で、何か埋めているところから始まります。

そして、遺体安置所に横たわる坂本冬美さん。

妖しく、愛に生きる女のドラマは、作家・桑田佳祐が坂本冬美を主人公に見立てて、悲しくも美しい愛に生き、愛に死にゆく主人公を描いたある種の“小説”になっており、MV公開から1か月あまりで100万回再生となり、話題になっています。

この「ブッダのように私は死んだ」を坂本冬美さんは2020年12月31日の大みそかNHK紅白歌合戦で歌唱する予定です。

この曲を聴いた視聴者の声も気になるところです。

坂本冬美「ブッダのように私は死んだ」の歌詞の意味が怖い

 
 
 
 
 
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MVを見たり歌詞を見る限り、主人公は悪い男に殺されてしまったイメージなのですが、本当の歌詞の意味はどうなのでしょうか?

主人公の女性は殺された?

歌い出しが「目を覚ませばそこは土の中」という歌詞。。

主人公はたぶん亡くなっているんだと・・

最後に男(戸次重幸さん)が後悔をし、パトカーの赤色警光灯が光っている様子から、逮捕されたのだと思われますね。

ブッダのように私は死んだはどういう意味?

「ブッダ」という意味は、目覚めたもの、「真理、本質、実相を悟った人」、という意味でもあります。

また悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指す言葉でもあり、恨んでいる歌なのかと思いきや、男を許しているのかもしれません。

のちに、

「母に謝りながらもみたらし団子を食べる。太陽が昇る世間の常識と月が味方の私の常識が覆っても男を抱くことをやめられない」

という歌詞から、男への恨みもありながら、

「欲望のまま(食欲と性欲)に動いてしまう私を許して、お母さん!」

ともとれるような歌詞です。

また男の人を愛して、同じことを繰り返してしまう自分に悟りを開いたのかもしれません。

男との関係は不倫?ヤバいこととは?

「愛してる」って言うから
危ない橋も渡った

という歌詞から、「危ない橋」とは、不倫のことなのか

また主人公は、若くはないいくつかの恋愛経験を経て、これが最後という覚悟で走った恋愛だったのかもしれません。

相手の男は、テレビに出ている有名人であり、「闇」の中で女は、自分が置かれた状況やそこに至るまでに思いを馳せています。

お釈迦様に代わって殴るよ

 この歌詞に関して坂本冬美さんはこのように話しています。

   「今までも歌の中でいろんな女性を演じてきましたけど、これは『魂』の歌、なんですよね。『私』はこの世にいない状態。『魂』を演じるのは生まれて初めてでしたね。最初は『怒り』みたいな感情かと思って歌ってたんですけど、そうじゃないと思うようになって。恨み言は言ってるようで言ってないんですね。殴ってやりたいと思ってるんだけど、私じゃないよ、これはお釈迦様が怒ってるんだからね、代わって殴るよ、って言ってるんだと思う。男性を責めない、何ていう愛しい女性、抱きしめてあげたくなる女性なんだと思うようになったんですね」

主人公の女は、好きだった男を責められない、でも、やったことは許せない事実で、これを怒ってくれるのはお釈迦様だけなんだよ。というまだ男を愛している気持ちから出た言葉なのかもしれませんね。

ゲリラ豪雨や落雷は怒りを表している?

 ゲリラ豪雨(あめ) 落雷(いなびかり)
故郷へ帰してくれ
他人を見下した目や
身なりの悪さは赦す
ただ、箸の持ち方だけは
無理でした

  このゲリラ豪雨とは、「怒り」を表しているのかもしれません。

坂本冬美さんもこのようにとらえたそうです。

   「魂が怒ってるという表れが『ゲリラ豪雨』なんでしょうね。きっと付き合っていたころから箸の持ち方はダメだったんだと思うんです。でも、好きだから気にもしなかったし言わなかった。魂になった今だからさらっと言える。そういうことが歌えば歌うほど分かってくるんです」

闇の中で、悟りを開いた今だからこそ、冷静に好きだった男の悪いところをサラッと言えるようになったのかもしれません。

なぜみたらし団子?

みたらし団子の「みたらし=御手洗」であり、御手洗とはもともと、神社詣でのさいの浄めの泉水のことです。

また伊勢物語に

「恋せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずも成りにけるかな」

とあります。

この歌の意味は、
「もう恋はしないと決心して神社近くの河で清めて行った禊だが、神は私の願いを受け入れてはくださらなかった」
という意味であり、まさにこの主人公の女のことでもあるようですね。

また「みたらし」は「女たらし」という掛け合いの意味もありそう。。

奈良本辰也著『京都故事物語』(河出書房新社、昭和偶)によれば、一番先の団子は大き くして頭を、あとの四つは四肢を表わし、厄除けの人形で、これを神前にそなえ、祈祷を うけたのち、持ち帰って醤油をつけて食べたということも、「みたらし団子」には、かなり深い意味があるのかもしれませんね。

厄除けでもあり、お団子に見立てた男を食べたという解釈もできるような・・

「ベイツ・モーテル」に影響されている?

作詞作曲をした桑田佳祐さんは「ベイツモーテル」というアメリカドラマにはまっていたようで、この中からイメージをして作ったのかもしれません。

ベイツモーテルはどんなドラマ?

■2013年3月18日~2017年4月24日までアメリカ・A&Eネットワークスで放送されたテレビドラマ

■サイコサスペンス

■映画『サイコシリーズ』の主人公ノーマン・ベイツの少年時代を描く前日譚

  • サイコ前章「ベイツ・モーテル」』(第1シーズン)
  • ベイツ・モーテル~サイコキラーの覚醒』(第2シーズン)
  • ベイツ・モーテル~サイコキラーの衝動~』(第3シーズン)
  • ベイツ・モーテル〜サイコキラーの暴走〜』(第4シーズン)
  • ベイツ・モーテル~最終章~』(第5シーズン)

 

この「ベイツモーテル」気になりますね。

視聴したい方はHuluで視聴することができます。

 

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「ブッダのように私は死んだ」を紅白で歌う?

この曲の歌詞の言葉などは、かなり、衝撃度も高く、これを大晦日に歌うの?という声も上がっているようです。

坂本冬美のブッダのように私は死んだの歌詞の意味が怖くて深すぎる!紅白で歌える?

今回は「坂本冬美のブッダのように私は死んだの歌詞の意味が怖くて深すぎる!紅白で歌える?」と題してお話ししました。

歌は、小説と同じで人それぞれとらえ方も違うかもしれません。

年末に聴くのには、結構きついものがあるかもしれませんが、様々な意味にとらえてじっくり聴くのもいいのかもしれませんね。