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高橋一生の生い立ちが壮絶!弟はミュージシャンで父親は有名人?3人もいる?

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第45回菊田一夫演劇賞 で菊田一夫 演劇賞を受賞し、話題になっていた俳優の高橋一生さん。

4月から放送予定だった「竜の道」などにも主演が決まっていて、演技力も高い高橋一生さんですが、生い立ちが壮絶で、父親は3人いるという話もあり、家庭がとても複雑だったようです。

今回は、高橋一生さんの父親や母親について探っていきます。

高橋一生の父親は有名人で3人もいる?

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今やイケメン俳優の一人としても大人気の高橋一生さん。

高橋一生さんの生い立ちは壮絶だと言われていて、父親は3人、つまり母親が3度結婚をしており、兄弟は5人だそうです。

生い立ちから時系列で話していきたいと思います

5人兄弟の年齢はこちらです。

高橋一生の兄弟

【一人目の父親】

長男:高橋一生(39歳)

【二人目の父親】

次男:デザイン系の職業(不明)

三男:ミュージシャンの安部勇麿(29歳)

【三人目の父親】

四男:職業不明(22歳)

五男:寿司職人見習いで修行中(20歳)

高橋一生の父①実父は亡くなっている?

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引用:ツイッター

母親は18歳で高橋一生さんを東京都赤坂で産みました。

両親と3人で5歳まで一緒に住んでいました。

しかし、5歳の時に、実父が亡くなりました。死因は不明です。

当時住んでいた住所が「港区赤坂」の高級住宅街ということで

父親の職業は俳優?脚本家や放送作家ではないかと噂されています。

また高橋一生さんは青山の学校に通っていたということから、お金持ちだったのではないかと言われています。

「青山」というと「青山学院」などを思い浮かびますが、高橋一生さんは赤坂小学校に通っていたと思われます。

高橋一生の父②小学校で2番目と3番目の弟誕生?

高橋一生さんの母親は、その後、2回目の結婚をします。

2番目と3番目の弟さんは、5歳以上離れていることから高橋一生さんが小学校の時に生まれたのだと思います。

3番目の弟さんは、ミュージシャンの「安部勇麿」さんです。

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幼い時の一生さんに似ていますね!

「never young beach」というバンドで活躍しています。

 
 
 
 
 
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HYUKOHの来日公演に出演します。 楽しみです。

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高橋一生さんは、弟のオムツをかえたり父親の役割も果たしていたそう。。

そんな家庭環境を支えていたのは、祖母だったようです。

高橋一生さんの幼少期ほとんどが祖母が身の回りの世話をしていたそうです。

そして、その祖母が高橋一生さんを児童劇団に入れました。

とても内気で友達と打ち解けづらい高橋一生さんを心配して習い事として入団させたそうです。

高橋一生さんの母親も小さい頃は子役として出ていたそうですから、そういう関係もあるかもしれませんね。

高橋一生の父③17歳から19歳で4番目と5番目の弟誕生

高橋一生さんの母親は、おそらく、一生さんが高校生の頃に3度目の結婚をされたのだと思います。

そして、弟が誕生。

母親はあまり家にいなかったようですから、高橋一生さんは弟さんたちの面倒を見たのでしょうね。

父親は現在亡くなっているようです。

高橋一生の母親はホステスだった?現在は他界

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高橋一生の母親の職業は?

高橋一生さんの実家である赤坂には、高級クラブや料亭など水商売のお店がありますので、そこでホステスをしていたのでは?といわれています。

実際はどんな職業だったのでしょうか。

高橋一生さんの名前「一生」は、母親が好きなファッションブランドが「イッセイミヤケ」だったことから名づけられたそうです。

そのことから、とてもファッションが好きな方なのかもしれません。

また母親が子役としてテレビ出演もあったと高橋一生さんが話していますが、ずっと芸能界にいたとは考えられません。

しかし、弟の安部勇麿さんが以前インタビューで母親が事業をしていた、と語っているのです。

3、4年働いて金を貯めると、自営業を始め、半年ほどで店を潰してしまいます。これを何度も繰り返し、4年周期で仕事を変えて貧乏になるということを繰り返していたと話しています。

高橋一生は10年以上母親と会っていなかった

高橋一生さんの母親は、とても我の強い人だったのかもしれませんね。

弟の安部勇麿さんが母親について話しています。

  • 引越しを繰り返す
  • お金に困ったときも「ここから離れたくない」といって世田谷にずっと住んでいた
  • 金遣いが荒く、そのたびに知人に借りていた
  • 別居していた父親に金の催促を̪しに行かせる。
  • 金持ちの友達の家に100万という大金を借りに行かす。(安部勇磨が好きな女の子に借りに行きました)
  • 勝手に子供の物を売る。
  • 勝手に高橋一生の車を売る!

高橋一生さんの母親は、何度も事業を起こしては失敗し借金をしていました。お金が無くなるたびに、長男である高橋一生さんのところにお金を無心にくる。。

そして、車を勝手に売ってしまい、高橋一生さんは激怒。

頭にきて母親と縁を切り、10年以上も会わなかったそうです。

縁を切る前には、高橋一生さんは、父親にほとんど会うことがなかったそうですが、定期的に母に「金を貰ってこい」と言われ、父を訪ねていたそうです。

高橋一生は病気の知らせで母と再会

弟の安部勇磨さんから、母親が病気である知らせを受けた高橋一生さんですが、すぐには会いに行かなかったそうです。

というのも、多少元気な時に会ったら、また喧嘩になってしまうから。

弱った時に行こうと決心し、亡くなる1週間前に会いに行くと母親はガリガリに痩せてしまっていたそう。

この時母親に初めて「ごめんね。今まで。」と謝られたとか・・

高橋一生さんは、兄弟の事は任せて。俺が何とかすると話したそうです

今まで散々苦労させられて憎んでいた毒親に向かって、許すことはなかなかできないことです。。

そのあと、実際に弟さんたちの面倒を見ている高橋さん、素晴らしいですね。。

母親はガンで53歳で亡くなりました。

高橋一生さんの祖母とのエピソードが泣ける

高橋一生さんは、奔放な母親が大嫌いだったそうで、幼い時から祖母が高橋一生さんを育ててくれたそうです。

高橋一生さんの引っ込み思案を心配したおばあさんが、彼を児童劇団に入れ、そのおかげで今があるわけで、おばあさんには感謝してもしきれない気持ちといいます。

高橋一生さんは、愛する祖母についてこう語っています。

《すでに他界した祖母は、ドラマや映画が大好きだった。僕が子どもの頃、毎週土曜日は祖母の家に行き、夜遅くまで一緒にビデオを観て過ごしました。祖母が僕を劇団に入れたのは、自分が好きな映画やドラマに孫が出演したら嬉しいという気持ちがあったからかも》(『婦人公論』09年10月7日号)

児童劇団の発表会で祖母が感動してくれたことが、高橋一生さんが役者を目指すきっかけになったということから、高橋一生さんは俳優としてもそういう自分をたくさん見せたかったのかもしれませんね。

苦労かけたおばあさんが喜ぶ姿をたくさん見たかったんでしょうね。

トイレの便器を素手で洗う

高橋一生さんは、祖母に教わったことをいまだに守っていることがあるようです。

トイレの便器を素手で洗うと汚れに届くので、スポンジとかより、汚れとかの感覚を感じると話しています。びっくりですね。。笑

「洗った後、(手が)気にならない?」と尋ねると「自分から、ね(出た物だし)…」となんら疑問を感じていないそうです。

これは祖母の教えで始めたことらしく、「(トイレ掃除は)絶対に手でやれ」と言われていたのだとか。

「最初は嫌だったんだけど、汚れは取れるんですよ」と、今では納得してやっているといるのだそうです。

高橋一生の兄弟へのエピソードが泣ける

連続ドラマ「みかづき」の試写会で落ちこぼれの子供たちに勉強を教える役であった高橋一生さんはこんなことを話していました。

「大変なお仕事だなと思います。弟が下に4人いるんですが、そのときの教育制度によって根本の性格などが位置付けられてしまうのを肌で感じていて。性格の基盤を作る大切な職業だなと感じます。生徒と目線を同じにするのは教えることの根幹だと思うので、同じ立ち位置で向き合っていただけたらと思います」

こういったことから、弟さんの面倒を真摯に見ていたんだなと思いましたね~。

ミュージシャンの安部勇麿とのエピソード

高橋一生さんの2番目の弟、三男はロックバンド「never young beach」ボーカルの安部勇麿さんです。

安部勇麿さんは、まだインディーズバンドとして活動中の時に「プロの世界で勝負しろ!」と喝を入れています。

弟たちに家計簿をつけさせる

弟4人には、家計簿をつけさせているそうです。

父親が違っても、こうしてしっかり面倒をみるってなかなかできないことですよね。。

年の離れた弟たちには家計簿を付けさせており「若い頃っていうのは、ある抑圧をかけないといけない。ちゃんと規律的なことをやってからの自由っていうのが一番美しい。規律みたいなものをしっかり持っていてもらいたい」と、しっかり者の兄としての顔をのぞかせた。「(四男と五男が)19歳と17歳。(弟が)小さい頃なんて自分の子どものようにこう。おむつをものすごいスピードで替えられるようになったりして」と父親のように面倒を見てきたことを明かした。

引用:スポニチ

高橋一生さんの18歳年下の五男が「料理人になりたい」という夢を持っていたそうで

修行が出来るお寿司屋さんを高橋一生さんが紹介したそうです。

高橋一生の父親は有名人?3人もいる?母親はホステス?複雑家庭事情

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壮絶な生い立ちのある高橋一生さんですが、第45回菊田一夫演劇賞で菊田一夫 演劇賞を受賞。

おばあさんもきっと天国で喜ばれているでしょうね。

そして、また高橋一生さんのお芝居を見れる日を願っています。